トレーニング後のクールダウン、その効果は実はない?エビデンスに基づいた真実
多くの方がトレーニング後に行っているクールダウン。「疲労回復に良い」「筋肉痛を軽減する」といったイメージをお持ちの方も多いのではないでしょうか?
しかし、実はその効果に疑問符が投げかけられています。
私たちがクールダウンを行う上で考慮すべき点について、詳しく見ていきたいと思います。
アクティブクールダウンの効果を覆すエビデンス
トレーニング後のクールダウンには、軽い有酸素運動や動的ストレッチのようなアクティブクールダウンと、静的ストレッチやマッサージのようなパッシブクールダウンがあります。
これまで、アクティブクールダウンは、運動によって生じた疲労物質の減少や筋肉痛の軽減、心拍数の早期回復など、多くの生理学的効果があると広く信じられてきました。
アスリートや一般のトレーニング愛好家の間で、ルーティンの一部として定着しているのもそのためです。
しかし、その常識を覆すような研究結果が報告されています。
特に注目されているのが、オランダ・マーストリヒト大学のヴァン・ホーレンらが発表した、これまでの研究を包括的にレビューした報告です。
彼らのレビューは、運動後4時間以降のアクティブクールダウンによる効果を検証したもので、これまで考えられてきたアクティブクールダウンの多くの効果が、科学的エビデンスによって否定されていることを示唆しています。
1. 疲労回復への効果は「×」
昔は、トレーニング後にクールダウンを行うことで、筋肉に蓄積された乳酸が除去され、それが早期の疲労回復に繋がると考えられていました。
この「乳酸=疲労物質」という考え方は、長らく定説でした。
しかし、近年では、疲労の主な原因は乳酸そのものではなく、運動によって筋肉内に発生する水素イオンの蓄積(アシドーシス)によって筋肉が酸性になること(アシドーシス)が要因とされています。
ヴァン・ホーレンらのレビューでは、アクティブクールダウンが筋肉のアシドーシスを低下させる効果は認められませんでした。
つまり、乳酸の除去効果は期待できるとしても、それが筋肉の酸性化を防ぎ、真の意味での疲労回復に繋がるという科学的根拠は存在しない、というのが現在の見解になるようです。
2. 筋肉痛の減少効果は「×」
アクティブクールダウンは、筋肉や皮膚への血流を増加させることで、乳酸や筋肉痛の要因となる物質の蓄積を減少させ、筋肉の修復を促すと考えられていました。
長年トレーニングをしている人にとっては、これはもはや「常識」と言えるほど浸透した考え方でした。
しかし、その後の多くの研究報告でこの説は否定され続けています。
特に、2018年に発表されたシステマティックレビューとメタアナリシス(複数の研究結果を統計的に統合して分析する手法)では、アクティブクールダウンが筋肉痛の痛みや筋損傷マーカー(筋肉の損傷度合いを示す数値)を減少させるという明確なエビデンスは示されませんでした。
つまり、クールダウンをしたからといって、翌日の筋肉痛が劇的に軽くなるということは、科学的には証明されていないのです。
3. 脳疲労の改善効果は「×」
筋力発揮には、神経活動が大きく関係しています。
高強度のトレーニングを行うと、筋肉そのものの疲労(末梢性疲労)だけでなく、脳が疲労する中枢性疲労も起こります。
かつては、アクティブクールダウンがこれらの末梢性疲労、中枢性疲労の両方に対して効果的であるとされていました。
ですが、高強度トレーニング後のアクティブクールダウンが、最大筋力や電気刺激によって筋肉が収縮する能力(電気誘発性筋力)といった神経筋機能の改善に有意な効果を示さなかったという研究結果が報告されています。
これは、脳の疲労を軽減するというクールダウンの役割が、科学的には支持されていないことを意味します。
4. 身体の柔軟性向上効果は「×」
トレーニングを限界まで行うと、筋肉の損傷によって筋肉が一時的に硬くなり、関節の可動範囲が狭くなることがあります。
アクティブクールダウンは、この筋肉の硬さを改善し、関節可動域を広げると言われてきました。
ですが、現在までの報告では、アクティブクールダウンが筋肉の硬さや関節可動域を広げるという明確なエビデンスは示されていません。
サッカー選手を対象にした研究では、アクティブクールダウンが筋肉の柔軟性に与える影響は、静的ストレッチによるパッシブクールダウンと比較して有意な効果が認められなかったという報告もあります。
つまり、運動後のクールダウンが直接的に身体の柔軟性を高める効果は、あまり期待できないと考えられます。
5. 筋グリコーゲン合成への影響は「×」または「逆効果の可能性」
高強度のトレーニングは、筋肉に貯蔵されているエネルギー源である筋グリコーゲンを枯渇させてしまう可能性があります。
筋グリコーゲンが不足すると、トレーニング後24時間までの筋力が損なわれることが示唆されています。
アクティブクールダウンを行うことによって、筋グリコーゲンの再合成が促進され、筋力の回復に効果があると考えられていました。
しかし、多くの研究結果では、アクティブクールダウンがパッシブクールダウンと比較して筋グリコーゲンの合成速度に有意な差がないことを示しています。
さらに注目すべきは、アクティブクールダウンが筋グリコーゲンの合成を妨げてしまう可能性が示唆されている点です。
高強度のトレーニング後にクールダウンを行い、その後の筋グリコーゲン含有量を調査した報告では、パッシブクールダウンでは筋グリコーゲンが増加したのに対して、アクティブクールダウンでは増加が認められませんでした。
これは、クールダウンによってエネルギーが消費されるため、再合成に回るべきエネルギーが失われる可能性があることを示しています。
6. 心拍数・呼吸数の回復は「〇」だが限定的
アクティブクールダウンには、筋肉の生理学的効果だけでなく、運動によって上昇した心拍数や呼吸数、発汗や体温調整といった身体の回復期間を短くする効果が期待されていました。
実際に、サイクリングトレーニング後のアクティブクールダウンが心拍数・呼吸数の回復に効果が高いことを示唆する報告もあります。
しかし、一方で他の報告では、パッシブクールダウンと比べて回復効果に差がないことも示唆されています。
つまり、心拍数や呼吸数の回復に対するアクティブクールダウンの効果は、一貫した結果が得られておらず、その効果についてはまだ明確な結論が出ていないのが現状と言えます。
7. 心理的ストレスや睡眠量の回復は「×」
トレーニングをすることで心理的ストレスの増加や睡眠量の低下が示唆されていますが、アクティブクールダウンはこのような心理面の回復効果があるとされていました。
しかし、多くの研究結果からは、アクティブクールダウンが心理面や睡眠量にポジティブな影響を与えるという明確な報告はありません。
むしろ、トレーニング経験が少ない場合は、アクティブクールダウンが心理的ストレスを増大させる可能性さえ示唆されています。
このように、アクティブクールダウンの多くの効果が科学的エビデンスによって否定され続けています。
クールダウンを行う際の注意点と今後の展望

多くの研究報告をまとめてレビューしたヴァン・ホーレンらは、アクティブクールダウンによる効果は「乳酸の除去効果は期待できるが、それ以外の生理学的効果においては現在のところ有効性はない」と結論付けています。
しかし、一方で彼らは、クールダウンによるプラセボ効果は期待できるとして、個人に合ったアクティブクールダウンの実施を否定していません。
つまり、「クールダウンをすると調子が良くなる」という心理的な効果は無視できない、という考え方です。
ただし、その際にも以下の点に注意を払うべきだと述べています。
- 血流増加を目的として低~中程度の強度で行うこと。
強度が高すぎると、かえって体に負担をかけ、回復を妨げる可能性があります。 - クールダウンによるさらなる筋損傷を防ぐためにも、低~中強度にとどめること。
疲労した筋肉に過度な負荷をかけることは避けるべきです。 - 筋グリコーゲンの合成を妨げないよう、クールダウンは30分以内にとどめること。
長時間のクールダウンは、エネルギー消費を増やし、回復に必要なグリコーゲンの再合成を阻害する可能性があります。
ヴァン・ホーレンらのレビューの結果は、アクティブクールダウンの効果に確固たるエビデンスがないというものです。
しかし、このレポートは「アクティブクールダウンに効果がない」と断定しているわけではありません。
彼らが指摘しているのは、これまでに報告された研究の数が少なく、その質が低い(バイアス:偏りが管理されていないなど)ため、信頼のおけるエビデンス(システマティックレビューやメタアナリシス)を示すことが難しい、ということです。
私たちが当たり前のように行っているアクティブクールダウンは、その効果を検証する科学的根拠が、現時点ではまだ十分に確立されていないのが現状のようです。
もちろん、「クールダウンをしないと気分が悪い」「長年の習慣でやらないと落ち着かない」という人もいるかと思います。
そのような心理的な効果は非常に重要です。
ですが、クールダウンに過度な生理学的効果を期待することは、科学的には難しいということを認識しておく必要があるかもしれません。
今後の研究によって、アクティブクールダウンの新たな効果や、特定の条件下での有効性が明らかになる可能性も十分にあります。
現時点では、「クールダウンの効果として知られていることの多くは、明確な科学的根拠がない」ということを理解した上で、自分にとって最適なトレーニング後のケアを見つけることが大切かと思います。










