筋肉量は健康と関連性がある、筋量や筋力低下は死亡リスクを高める
加齢によって特に下肢の筋肉が減少する
加齢によって筋力が落ちてくることは一般的に知られています。
これは、加齢に伴う筋タンパク質合成抵抗性が高まることが原因であると言われています。
体内のタンパク質の合成と分解は常に繰り返されています。
タンパク質の合成は食事の摂取やトレーニングによって高まり、空腹状態では分解が促進されます。
若年成人の場合には、このようなタンパク質の出納バランスが同じ比率であるのに対して、中高齢者ではタンパク質合成抵抗性が高まることによって出納バランスが崩れて筋肉量が落ちてくると考えられています。
しかし、加齢に伴う筋肉量の低下には個人差があります。
60代でも20代の平均値より多い筋肉量がある人もいれば、20代でも70代の平均値よりも少ない筋肉量の人もいます。
また、加齢に伴う筋肉量の減少には、部位によっても変わります。
下肢は上肢よりも筋肉の減少が顕著であることが報告されています。
筋肉は下半身から衰えていくということです。
上肢の筋肉は50~60代までは比較的維持されていて、その後に穏やかに減少していきます。
下肢の筋肉は20代をピークに右肩下がりに落ちていくようです。
筋肉量の減少は健康面にも影響を及ぼします。
全身の筋肉量が減少するサルコペニアでは、女性は60代以降、男性は50代以降に疾病の有病率が増加することが明らかになっています。
これに対して、大腿部の部位特異的なサルコペニアは、女性で30代以降に男性は50代以降に有病率が急増してきます。
なので、健康を維持するには全身の筋肉を維持することも重要なのですが、特に下肢の筋肉を維持することが重要と言えます。
では、加齢に伴う筋肉量の減少を予防する為にタンパク質の摂取量を増加させた場合、どうなるのでしょうか。
これを検討した研究があります。
成人のタンパク質の推奨食事摂取量が0.8g/kg/日の範囲内にある高齢者男性を対象に3ヶ月~6ヶ月間の介入期間内にタンパク質の摂取を1.3g/kg/日に増加させることで、除脂肪体重、筋力、身体パフォーマンスなどが増強されるかどうかを検討しました。
その結果、高タンパク質を摂取した対象者は、脂肪量が有意に減少したものの、除脂肪量、下肢と上肢筋力、歩行速度、階段昇降力などにタンパク質の摂取量による有意差は認められなかったと報告されています。
このことから高齢者において筋量、筋力、身体活動パフォーマンスを改善する為には食事介入だけでは不十分であることが分かります。
つまり筋肉に負荷をかけるレジスタンストレーニングを行うことが重要と言えるのです。
また、レジスタンストレーニングの有無に関わらず、タンパク質補給と筋力の量‐反応関係を検討したメタ分析では、レジスタンストレーニングと並行して筋力を維持・増強する為には1日1.5g/kg/体重のタンパク質摂取が必要であることが示されています。
このことからも加齢に伴う筋量の減少を予防するには、レジスタンストレーニングを行い、十分なタンパク質を摂取することが必要になります。
筋肉量と健康の関係研究報告
高齢者1,851人(平均72歳)を対象にサルコペニアと全死亡、および要介護リスクの関係を調査した研究があります。
これによるとサルコペニアやサルコペニア予備軍では、健常な対象者と比較して死亡リスクや要介護リスクが増加することが報告されています。
この研究では、四肢の筋量を身長の2乗で除した値である四肢骨格筋指数が男性7.0kg/㎡、女性5.7kg/㎡未満に加えて、握力が男性28kg未満、女性18kg未満、歩行速度は男女ともに毎秒1m未満が認められた場合にサルコペニア有りと判定しています。
これ以外にも20~93歳の16,155人を対象とした生体電気インピーダンス分析で測定した体脂肪量と除脂肪量の死亡リスクへの関係を検討した研究において体脂肪量の増加や除脂肪量の減少は死亡リスクと関連して65歳以上では特に筋量の増加によって死亡リスクが低下したと報告されています。
また、40~79歳の男性と女性を対象に骨格筋量と内臓脂肪面積の変化を調査した研究では、骨格筋量は男性では10.8%、女性で6.4%減少、そして内臓脂肪は男性で42.9%、女性で65.3%増加したことが示されています。
アジア人を対象に筋量が減少して内臓脂肪が増加した状態を指すサルコペニア肥満と死亡率に関する10年間の追跡調査をした研究において、サルコペニア肥満が最も全死亡リスクが高く、サルコペニア肥満では心血管疾患の死亡率が男性で6.8倍、女性で3.2倍増加することが明らかになりました。
この研究では、意外なことに肥満者の全死亡リスクは標準的体格とそれほど変わらず、サルコペニアやサルコペニア肥満よりも全死亡リスクが低いことが示されています。
65~84歳の高齢者1,615人を対象にサルコペニア肥満と認知機能との関連性を検討した研究では、軽度認知機能障害と認知症リスクは、サルコペニア肥満が最も高く、次いでサルコペニア、肥満、標準的体格の順であったことが示されています。
BMIと死亡リスク
体重を身長の2乗で除した値で算出されるBMIでは、25を超えると肥満であると判定されていますが、様々な年齢におけるBMIと死亡リスクとの関連性をメタ分析で評価した研究では、最も死亡リスクが低いBMIは下記の通りです。
30~49歳:18.8~25
50~60歳:20~25
70~89歳:20~27.5
70歳以上の高齢者ではBMIがやや高い方が死亡リスクが低いことが示されています。
また、男性アスリート95名とレクリエーション活動をしている男性48名を対象に体重と骨格筋量を検討した研究によると除脂肪体重指数は、体重90kgまでは直線的に増加してその後、体重が増加するものでは値が横ばいになることが報告されています。
これらの研究から筋肉量は体重とある程度関連性があると考えられ、高齢者においてはBMIで評価された場合にはやや肥満の値で筋量を維持していると考えられます。
肥満は、心血管疾患、冠動脈疾患、脳卒中のリスクや死亡リスクと関連しBMIが30以上の人は、BMI18.5~25未満と比べて認知症発症リスクが31%高く、女性では39%上昇することが示されています。
ですので過度の肥満は健康に不利益をもたらしてしまうことが分かっています。
ですが、その一方でBMIや体脂肪率が軽度の肥満の場合、無理に体重を減少させようとすると、筋肉量も減少してしまい反対に健康を害する可能性もあります。
加齢に伴う筋力の変化と健康
加齢に伴う12年後の骨格筋量と機能の変化を調べた研究では、膝関節と肘関節の伸筋と屈筋の等速性筋力は、20~30%の有意な低下を示し、大腿部の断面積が12.5%、大腿四頭筋が16.1%、大腿屈筋が14.9%減少したことが報告されています。
また、この研究では筋量の減少は、加齢による筋力低下の主な原因であると考察されています。
日本人を対象とした握力と全死亡リスクを検討した研究では、握力の低下が全死亡リスクと関連していることが報告されています。
50歳以上の参加者4,449人を対象に筋量や筋力と全死亡率との関係を検討した研究では、筋量や筋力低下が全死亡リスクを高め、筋力低下は筋量、メタボリックシンドローム、安静時間、身体活動量に関係なく、独立して全死因死亡リスクの上昇と関係していることが示されています。
40歳以上の約50万人の男女のデータを基に調査した研究では、握力が5kg低下すると心臓病発症リスクが男性で11%、女性で15%増加し、死亡リスクは男性で22%、女性で19%増加することが示されています。
さらに、呼吸器疾患や全てのガンの発症・死亡リスクとも関係していたことが報告されています。
この研究では、握力が男性26kg未満、女性16kg未満の場合に、心臓病発症リスクが男性で36%、女性で30%増加して死亡リスクは男性で84%、女性で44%増加することも明らかにされています。
握力は、高齢者の全身の筋力、上肢機能、骨密度、骨折リスク、転倒リスク、栄養失調、Ⅱ型糖尿病、認知障害、睡眠障害、抑うつ、生活の質の低下の説明因子と概ね一致し握力と全死亡率、ガンや心疾患による死亡率、入院リスクに関連する問題との間にも関連性があるとされています。
この研究では握力の基準として男性30kg、女性20kg前後を指標としています。
全体の筋肉量の減少だけではなくて、握力にて評価される筋力においても健康との関連性があることが多数報告されています。
なので加齢に伴い変化する筋量や筋力の低下を予防・改善するレジスタンストレーニングが中高齢者では特に重要であると言えそうです。
活動量が減ると筋量は減少する
健康な高齢者10名を対象に1日の歩数を減らす14日間のトレーニングの前後にインスリン感受性、筋力、身体機能、体組成の測定を行った研究によると1日の歩数は約76%減少し、1,413±110歩となり、脚の除脂肪量は約3.9%優位に減少、インスリン抵抗性は約12%増加、食後のインスリン感受性は約43%優位に減少、糖尿病や動脈硬化リスクと関連するTNF-a濃度が約12%増加、炎症や組織損傷の非特異的マーカーであるC-反応性タンパク質濃度は約25%増加したことが報告されています。
また、10人の健康な若年弾性を対象に1日の活動量を平均10,501±808歩から1,344±33歩/日に2週間減少させた研究では、最大酸素摂取量、脚部骨格筋量、内臓脂肪蓄積、インスリン感受性低下、若年成人においてもインスリン感受性は17%減少、脚部骨格筋量は0.5kg減少したことが示されています。
このことからも高齢者だけではなく、若年成人においても身体活動量を増加させることが健康を維持するのに不可欠であると言えます。