健康

食の「〇〇は身体に良い」は仮説?健康神話に潜む落とし穴と正しい情報の見極め方

はじめに

「〇〇は身体に良い」といった健康に関する情報は巷に溢れています。
テレビ、雑誌、インターネット、SNSなど、その発信源は多岐にわたります。
しかし、これらの情報が本当に科学的に裏付けされたものなのか、深く考えたことはあまりないかと思います。
実は、多くの「健康神話」は科学的根拠が乏しい「仮説」に過ぎない場合があり、特に健康意識の高い人ほど、誤った情報に惑わされやすい傾向があります。
本記事では、そのような健康神話のカラクリを解き明かし、正しい情報を識別するためのポイントを解説していきます。

エビデンスは覆ったり、今後新しく確立されていくものなので現時点でのエビデンスが全てではありません。
あくまで参考程度にしてください。

健康神話のカラクリ:「還元主義」と情報リテラシーの重要性

なぜ「〇〇は体に良い」という情報が広まるのか?その背景にある「還元主義」

例えば、日本の蒸し暑い夏が近づくと、「夏バテには豚肉が良い」といった謳い文句をよく耳にするようになります。
これは、豚肉に含まれるビタミンB1が疲労回復を助けるという科学的な知見に基づいています。
確かに、豚肉に含まれる栄養素が血液中のアルブミンといった疲労回復に関わる物質に影響を与えるというエビデンスは存在しますし、アルブミンが増えることで疲労回復の効果があるという研究も存在します。

しかし、これらの個別のエビデンスを繋ぎ合わせ、「豚肉が疲労回復に効果がある」という「仮説」を導き出すことはできますが、それがそのまま「豚肉を食べれば確実に夏バテが治る」という「真実」になるわけではありません。
豚肉と疲労回復の直接的な因果関係を実証する大規模な臨床試験のエビデンスは、現状では十分とは言えません。

シンプルな情報がビジネスを加速させるメカニズム

では、なぜこのような「仮説」が、あたかも「真実」であるかのように広く流布するのでしょうか。
その背景には、人間の情報処理の特性と、マーケティング戦略が深く関係しています。
複雑な事柄を「〇〇を食べると健康に良い」と単純に結論付ける手法は「還元主義」と呼ばれ、消費者の興味を惹きつけ、商品の売上を伸ばす上で非常に効果的です。

例えば、ある特定の栄養素や成分に注目し、それがもたらすであろう効果だけを強調することで、その食品全体が「健康食品」として認識されやすくなります。
これは、情報過多な現代において、消費者が簡単に理解し、行動に移せるようにするための巧妙な戦略と言えます。

日本の情報リテラシーとメディアの影響力

特に日本では、外国に比べて情報リテラシーの度合いが低い傾向にあると言われています。
過去には、テレビで納豆が健康に良いと放送された翌日には、スーパーから納豆が姿を消すといった現象が社会問題化したこともありました。
当時、私はこの情報番組を見ていたので今でも覚えています。
このような現象は海外では稀で、日本人が特にテレビの情報に非常に弱く、誘導されやすいことを示していると言えます。
新型コロナウイルス感染症に関する情報についても、同様のことが言えるのではないでしょうか。

情報に惑わされない為に必要な思考法と確認ポイント

情報に踊らされない為には、提供されている情報に常に疑問を持ち、自分で考えてみる姿勢が不可欠です。
「身体に良い」という情報に触れた際は、以下の点を冷静に確認する習慣をつけてみましょう。

  1. 対象(誰に)
    その健康効果は、どのような人(性別、年齢、健康状態、人種など)に期待されるのか?自分に当てはまるのか?
  2. 理由(なぜ?)
    その効果が期待できる科学的なメカニズムや根拠は何か?単なる体験談や個人的な感想ではないか?
  3. 定義(具体的に何か)
    具体的にどのような健康効果(例:血糖値の改善、免疫力の向上、疲労回復など)があるのか?あいまいな表現ではないか?
  4. 情報源
    その情報の出どころはどこか?公的機関、大学、信頼できる研究機関からの情報か?それとも、特定の製品を販売する企業の宣伝目的の情報か?

人間の健康は、食事だけでなく、遺伝的要因、生活習慣(運動、睡眠、ストレス)、居住環境など、非常に多くの要素が複雑に絡み合っています。
食事の効果も、特定の食品一つに由来するとは限りません。
食べ物の組み合わせ、摂取するタイミング、調理法、そして食事を摂る環境など、様々な要因に影響を受けている可能性もあります。

エビデンス(科学的根拠)を確かめつつも、そのエビデンスがどのような条件下で得られたものなのか、視野を広く持って判断することが大切です。
また、エビデンスには「エビデンスレベル」があり、その信頼度は様々です。
例えば、動物実験の結果や細胞レベルでの研究は初期段階のエビデンスであり、大規模な臨床試験(人間を対象とした研究)の結果の方が信頼性は高まります。
さらに、科学的知見は常に進化しており、今日正しいとされたエビデンスが、何年もすれば覆ることも珍しくありません。
エビデンスを盲信しすぎることなく、柔軟な姿勢で情報を受け止めることが重要だと思います。

玄米や野菜・果物も万能ではない?健康食品の意外な側面

頭を抱えて落ち込む女性

白米よりヘルシーなイメージの玄米にも注意点

「白米よりも玄米のほうが健康に良い」という話は、非常に多くの人が信じている健康神話の一つかもしれません。
穀物には、白米のように精製されたものと、玄米や大麦、小麦といった精製していない「全粒穀物」があります。
精製しないことで、ビタミン、ミネラル、食物繊維といった豊富な栄養素を失わずに済むので、一見すると玄米が万能のように思えます。

しかし、これも「還元主義」的な考え方になってしまう危険性があります。
「栄養素が豊富だから身体に良い」と単純に判断するのではなく、実際に人体にどのような影響を与えるのかを検証しなければなりません。
確かに、全粒穀物や食物繊維の摂取量が多い人ほど死亡率が低く、循環器系疾患、糖尿病、特定のガンなどの予防効果が高いという研究結果は存在します。
ですが、これらの研究は主に欧米で行われており、調査の対象になっている全粒穀物は基本的に大麦や小麦であり、玄米単体に限定した大規模な研究はまだ少ないのが現状です。

また、「全粒穀物を食べている人ほど健康的な食生活をする傾向がある」という研究結果もあります。
これは、全粒穀物そのものの効果だけでなく、健康意識の高い人が全粒穀物を選ぶことで、全体的な食生活が改善されている可能性があるということです。

一方で、白米に関してアジア人を対象とした多くの研究では、白米の摂取量が多いほど糖尿病のリスクが高まることが指摘されています。
しかし、だからといって「白米は身体に悪い」と結論づけるのは早計です。
白米の摂取と、ガンや心疾患など糖尿病以外の病気との因果関係は、今のところ明確には認められていません。
むしろ、カナダや日本人男性を対象にした研究では、白米を食べている人ほど死亡リスクが低いことを示唆するものも存在するようです。

白米と比べて身体に良いイメージがある玄米ですが、玄米も身体に悪影響を与える可能性がないわけではありません。
精白しないことで、土壌や水から吸収されたヒ素やカドミウム、残留農薬などが胚芽に蓄積されている可能性があります。
これらの物質を継続的に摂取することは、健康リスクを高める可能性も指摘されています。

このように、一つの食べ物には、身体に良い面もあれば悪い面もあります。
どんな食べ物も摂取量や調理法、個人の体質によって「身体に良い」とも言えるし、反対に「身体に悪い」とも言えるのです。
自分の体質やライフスタイル、状況に応じて、バランスを考慮しながら判断することが重要になります。

野菜と果物の多様性も重要:特定の摂取でなく全体で考える

野菜

野菜と果物には、ビタミン、カリウム、食物繊維などを多く含んでいて健康に良いというイメージは広く浸透しています。
実際に、野菜や果物をたくさん食べている人ほど死亡率が低くなる傾向を示す研究は多数存在します。
日本の研究でも、果物の摂取量が多い人ほど脳卒中や循環器疾患などによる死亡率が低いことが認められています。

しかし、「様々な種類の野菜や果物を食べることが健康に良い」という明確なエビデンスは、まだ限定的です。
その理由の一つとして、野菜や果物の分類方法が国や研究者によって異なり、統一された基準がないので、研究を進めるのが難しいという事情があります。

例えば、日本ではジャガイモはイモ類に分類されていますが、イギリスでは野菜ではなく炭水化物として扱われることがあります。
ジャガイモは、食後の血糖値を急激に上昇させるので、摂取量が多い人ほど糖尿病のリスクを高めるという説もありますし、欧米の研究ではジャガイモの摂取と糖尿病などの疾患や死亡率の高さが報告されています。
ですが、これはほとんど欧米の研究であり、摂取量に関してもイギリスやアメリカと日本では大きな差があるので、そのまま日本人にも当てはまるとは限りません。
イランでは、ジャガイモの摂取が糖尿病のリスクを下げるという報告もあったようです。

このように、食材一つだけを考えるのではなく、その国の食文化や食べ方の違い、そして他の食習慣との組み合わせも考慮に入れる必要があります。
様々な野菜や果物を食べることのメリットに関する明確なエビデンスはまだ十分ではありませんが、身体に害があるとは考えにくいです。

また、栄養学的にも、一つの食べ物だけで全ての必要な栄養素を賄うことはできません。
特定の食べ物に偏るのではなく、食べ過ぎに気を付けながら、できるだけ多くの種類の野菜や果物をバランス良く食べることが、結果的に健康に繋がと言えます。

オーガニック食品の真実:高価な食品が必ずしも身体に良いとは限らない

悩む女性

「オーガニック食品」と聞くと、多くの人が「化学肥料や農薬を使用していないので、身体に良い」「健康的である」といったポジティブなイメージを抱くのではないでしょうか。
そのため、一般的な食品よりも高価であっても、健康のためにと積極的にオーガニック食品を選んで購入している人も少なくありません。

しかし、現在のところ、オーガニック食品が従来の食品と比較して、健康に明確なメリットをもたらすという「質の高いエビデンス」は不足しているのが現状です。

なぜこのような状況なのでしょうか?

その理由の一つとして、オーガニック食品に興味がある人は、そもそも健康に関心が高く、全体的に健康的な生活習慣を送っている傾向があることが挙げられます。
つまり、オーガニック食品の摂取量が多い人が仮に健康であったとしても、それが本当にオーガニック食品のおかげなのか、それとも元々健康意識が高く、バランスの取れた食事や適度な運動など、他の健康的な習慣を実践していることによるものなのかを判別することが非常に難しいのです。

オーガニック食品の効果を科学的に証明するには、農薬や食品添加物が人体に与える悪影響を、比較対象群を設けて長期的に研究する必要があります。
しかし、人間を二つのグループに分け、片方のグループに特定の食品(例えば、農薬を使った食品)を意図的に与え続けて健康への害が出るかどうかを調べるような研究は、倫理的に非常に難しい課題です。
動物実験を超えて、実際に人間で長期的な介入実験を行うことは、現状ではほとんど不可能です。
なので、オーガニック食品に関する研究は、まだ発展途上の段階にあると言えます。

「身体に良いかどうかは分からないけれど、なんとなく安心」という心理から、オーガニック食品という言葉に人は弱いようです。
オーガニックという言葉が含まれているだけで、栄養がたくさん含まれているように感じたり、より安全であるという印象を受け、高いお金を払ってしまう傾向があることを自覚しておく必要があります。

肉類の摂取と健康リスク:量と種類のバランスがカギ

「肉を食べればスタミナがつく」「元気が出る」というのも、古くから一般的なイメージとして定着しています。
確かに肉は良質なタンパク質や鉄分など、体に不可欠な栄養素を豊富に含んでいます。
しかし、健康面においては、摂取量や種類によっては様々な問題が指摘されています。

世界保健機関(WHO)の付属機関である国際がん研究機関(IARC)が、2015年に「加工肉は発がん性があり、赤肉(牛肉、豚肉、羊肉など)はおそらく発がん性がある」と発表したことは、世界中で大きなニュースとなりました。
特に、ハム、ソーセージ、ベーコンなどの加工肉は、大腸がんのリスクを高めることが明確に示されています。
また、大腸がん以外にも、赤肉や加工肉の過剰摂取は、脳卒中、心筋梗塞などの動脈硬化による循環器疾患や、2型糖尿病のリスクを高める可能性が認められています。

日本人においては、国立がん研究センターが「平均的な量であればリスクは低い」と発表していますが、近年の食生活の欧米化に伴い、日本人の肉の摂取量、特に加工肉の摂取量は増加傾向にあります。
それに伴い、大腸がんの罹患率も増加していることから、肉を多く食べている人は注意が必要であると思います。

肉に多く含まれるタンパク質は、鶏肉、魚、卵、大豆製品(豆腐、納豆など)といった、他にも良質な供給源があります。
健康的な食生活を送る上では、これらの食品をバランス良く摂取し、タンパク質源を多様化することを検討すべきです。

また、興味深いことに、人間には「肉料理に野菜が添えられていると、その料理全体のカロリーを低く見積もってしまう」傾向があることが分かっています。
これは「ハロー効果」と呼ばれる心理現象の一種で、一部の良い特徴(この場合は野菜)に引きずられて、全体の評価(料理のヘルシーさ)が変わってしまうことを指します。
この効果によって、「肉料理に野菜が添えられているからヘルシーだ。たくさん食べても大丈夫だろう」と認識してしまうことがあるのではないでしょうか。
この傾向は、特にカロリーを気にしている人ほど顕著に見られるようです。

しかし、肉と野菜を一緒に食べたからといって、その肉料理が自動的にヘルシーになるわけではありません。
肉の量や調理法によっては、依然として高カロリーである可能性が高いことを忘れてはなりません。

まとめ:情報に流されず、エビデンスに基づいたバランスの取れた食生活を

私たちは日々の生活の中で、テレビ、インターネット、友人からの口コミなど、様々な媒体から健康情報に触れます。
「〇〇は身体に良い」といった単純なフレーズの裏には、科学的根拠が乏しい「仮説」や、特定の製品を販売する為のビジネス的な意図が隠されていることが少なくありません。

健康的な食生活を送る上で最も大切なのは、提供される情報を鵜呑みにせず、常に批判的な視点を持つことです。
「誰にとって」「なぜ」「具体的にどう」良いのか、そして「その情報源は信頼できるのか」といった視点を持って、自分で深く思考し、疑問を投げかける姿勢を身につけましょう。

特定の食品に過度に期待したり、偏って摂取したりすることなく、多様な食品をバランス良く摂取することが、健康を維持し、病気を予防する為の最も確実で効果的な道と言えます。
日々の食生活において、エビデンスに基づいた情報を冷静に判断し、賢い選択をしていくことが重要です。

参考雑誌⇒PRESIDENT プレジデント 2023年.6.2号