トレーニング初期はリボソーム量が増加、筋肥大とリボソーム量に強い相関
筋タンパク質を合成するリボソーム
リボソームは、通常細胞内に数百万個存在する非膜系の細胞内小器官です。
筋繊維は、さらに大きな多核細胞です。
ですので、その中には少なくとも数千個はあるのではないでしょうか。
巨大な分子複合体であり、大サブユニットと小サブユニットの2つのサブユニットで構成されています。
大サブユニットは3種のリボソーマルRNA(rRNA)と46~49種のタンパク質、小サブユニットは1種のrRNAと33種のタンパク質から成り立っています。
多量のRNAとタンパク質が構成部品として必要であり、筋タンパク質の合成にはとても手間とエネルギーがかかります。
なのでこれまで合成されたリボソームは比較的安定して細胞内に残ると考えられていました。
また、合成や分解の仕組みが複雑でまだ分かっていないことが多くあります。
リボソームは、遺伝子DNAの転写過程によって特定のタンパク質の暗号情報を写し取ったメッセンジャーRNA(mRNA)はリボソームの小サブユニットに結合をします。
大サブユニットには20種類のアミノ酸のうち特定のものを結合したトランスファーRNA(tRNA)が入りこみますがtRNA上のコードとmRNA上のコードが一致した場合にのみ、大サブユニットが小サブユニット上をスライドしアミノ酸がペプチド鎖に遅追加されます。
次に小サブユニットがmRNA上をスライドします。
コードの一致しないtRNAは速やかにはじき出されます。
このようにしてリボソームは、mRNA上をスライドしながらそこにコードされた情報に従って特定のタンパク質を合成していきます。
これを翻訳過程と言います。
リボソームを構成するタンパク質の中には、この翻訳過程のスイッチをオンにしたりオフにしたりするものがいくつか存在します。
例えば、RS6(リボソームタンパク質S6)は、mTORシグナル伝達系を構成するp70S6Kによりリン酸化されて翻訳過程をオンにします。
mRNAは特定のタンパク質の設計図で、リボソームはタンパク質の合成工場になります。
タンパク質合成量は、mRNAが十分にあるとすれば、個々のリボソームがどれだけ活性化されるのかとリボソーム量で決まるとされています。
筋肥大とリボソーム量に強い相関、初期はリボソーム量が増加
総RNA量の約8割はrRNAとされています。
このことは細胞の成長に伴って相対的なリボソーム量が増加することを示しています。
骨格筋では、培養細胞が成長したり、協働筋を切除して代償性肥大をしたりすると総RNA、rRNA、rRNA前駆体の量がそれぞれ同様に増えることが示されてきました。
ラットの足底筋を対象に協働筋の切除の仕方を工夫することで2週間で引き起こされる代償性肥大の程度を段階的に変えられるモデルを作成して筋肥大の程度とrRNA量の間にどのような関係があるかを調べた研究があります。
その結果、筋肥大の程度とrRNA量の間に直線的な強い相関関係が認められたそうです。
その一方で筋肥大の程度はmTORシグナル伝達系の活性にも依存していますが、両者の間には強い量的な相関関係は見られませんでした。
筋肥大にmTORシグナル伝達系の活性化は必須ではありますが、筋肥大の程度はリボソーム量によって強く決まるとことを示唆しています。
ですが、これには問題点もあります。
代償性肥大と言うあまり生理的と言えない現象を利用していることです。
この場合、対象とする筋には慢性的に過負荷がかかりますし、対象とする筋の周辺に外科的な手術を行うことにもなります。
短期間で起る筋肥大の程度も2週間で最大2倍弱になることがあります。
通常のトレーニング刺激の場合に比べて圧倒的に筋肥大効果が大きくなります。
そこで次にラットのトレーニングモデルを用いてトレーニング刺激を繰り返し与えた場合にmTORシグナル伝達系活性、リボソーム量、タンパク質合成がそれぞれどのように変化するのかを調べた研究があります。
トレーニング刺激は、10回の最大収縮3秒間×5セット、これを1日おきに与えました。
その結果、トレーニングの初期1~3セッション目には、mTORシグナル伝達系の活性化やタンパク質合成の上昇が起こりますが、リボソーム量の増加はタンパク質合成の上昇よりも早く起こることが示されました。
その後のトレーニングでは、リボソーム量は増加した状態で変わらずタンパク質合成も上昇したレベルが保たれました。
これらの結果から、筋肉はトレーニング刺激を受けるとタンパク質を合成する工場であるリボソームの量を増やして、その後、トレーニング刺激に対応できるように速やかにタンパク質増産体制に入るようです。
⇒筋力トレーニングの常識を覆すかもしれないmTOR、リボソームをフル稼働させタンパク質合成を促す
トレーニング刺激による遺伝子の修飾はマッスルメモリーに関与
では、トレーニングが遺伝子に長期的な影響を与える可能性はあるのでしょうか。
とは言っても遺伝子そのものが変わるわけではなく、遺伝子の発現のしやすさが変わります。
このような仕組みをエピジェネティック修飾と言います。
遺伝子であるDNA鎖は核の中でヒストンと言うタンパク質に結合をしています。
ヒストンは球形のタンパク質で長いDNA鎖を巻き付けるリールのような役割をしています。
DNA鎖を巻き付けたヒストンどうしがさらに凝集することで膨大な情報をコンパクトにしています。
ですが、そのままヒストンがコンパクト凝集した状態では、特定のタンパク質をコードした部分をDNAからmRNAに転写する上では不都合になります。
そこでヒストンがアセチル化されることによって凝集した状態が緩みDNAの一部が露出することで転写を起こりやすくする、発現しやすい状態にする仕組みがあります。
最近の研究によるとトレーニングをすることで、ヒストンのアセチル化が亢進してその状態がしばらく続くとされています。
筋タンパク質の設計図であるmRNAが常に十分に供給される体制を作ると考えられています。
また、老化したラットでは筋委縮が大きい固体ほどヒストンのアセチル化の程度が低いことが報告されているようです。
このことからトレーニングを継続した後でトレーニングを止めたとしてもヒストンのアセチル化が継続をすることでトレーニング再開後に回復しやすい状態がある程度続くのではないかと思われます。
これがマッスルメモリーに関わると考えることができます。
これはトレーニングの長期的なプランを立てる上で有用になるかと思いますが、この状態がどのくらい続くのかなどは分かってはいませんので、今後の研究が必要になるでしょう。